東日本大震災への復興支援ボランティア活動報告
日本医師会災害医療支援JMAT 大阪府医師会JMAT活動
チーム名;JMAT敬節会

  名 前 職業 勤務先
1 高田達良(隊長) 医師 敬節クリニック 西中島クリニック
2 安達一哉 医師 大阪市北区 安達クリニック 院長
3 木内俊一郎 医師 大阪市 北野病院 救急部 部長
4 新地美花子 看護師 枚方市民病院 脳外科病棟
5 徳永愛美 看護師 大阪市 北野病院 救急部
6 坂東俊完 薬剤師 大阪市北区 坂東薬局 薬局長
7 萬 元宏 臨床検査技師 西中島クリニック 敬節クリニック
8 矢谷甲太 医療事務長 敬節クリニック 西中島クリニック
派遣先 岩手県 大槌町
県立大槌病院仮設診療所(外科系診療)
大槌町寺野体育館内救護所
期間 平成23年5月18日(水)~ 5月21日(土)

 この度未曾有の東日本大震災発生に伴い、被災していない医療機関としてできる支援活動として我々敬節会チームがJMAT(日本医師会災害医療支援)活動に参加しましたので報告致します。私は日々救急医として災害時には医療支援にはすぐに参加したいと思っており、阪神淡路大震災の際には当時勤務していた関西医科大学高度救命救急センターより出向き、避難場所であった神戸市長田区にある兵庫高校内に仮設診療所を設置し、そこで約3カ月間救護活動を行いました。今回その経験を活かし災害地に短期間でしたが参加でき、また8人全員が仲良くタグを組んで精一杯活動できたことを嬉しく思っております。

医療法人 敬節会 高田 達良

JMAT参加への経緯と部隊の編成;
 私は震災直後よりすぐに東北に出向き救援活動を行いたいと思っていました。多くの医療関係者も同じ思いでテレビなどを見られていたと思います。ただ何の下準備もなく勝手に行っては現地では迷惑なだけであることが災害医療支援の鉄則であり、医師会などからの正式な要請を待っていました。3月19日に大阪府医師会からやっと参加調査票というFAXが届き、即刻参加承諾を返信しました。
 当時うちの敬節会のスタッフに伺うと、即日矢谷、萬を含めて池田有紀健診コーディネーター、大迫哲治鍼灸師、北野友季子柔整師など6名が参加希望を出してくれました。しかし基本的に医師1名、看護師1名、薬剤師1名、事務1名以上の5名以上(最大8名まで)のチーム編成が望ましいとのことでしたので参加者の面子を検討し、そこで元関西医大救命救急センターの同僚の木内、安達先生に声をかけると即答で行くよと快諾を頂きました。その同僚で安達クリニック門前薬局の坂東さんの参加承諾を、さらに医師3名となると看護師は2名が望ましいと大阪府医師会からの申し出があり、木内先生の誘いにより北野病院から徳永さんが、もう1名をと枚方市医師会の青井会長先生に要請しますと、後日枚方市民病院の森田院長先生より、新地さんが行ってくれることとなり、この度のチーム8名が4月10日に決まりました。大阪府医師会総務の南様には何度も参加の強い要請をさせて頂き、やっと決定した次第です。参加後に知ったことですが、この度の大阪JMATに参加できたのは希望114チーム中26チームで、医師は126人希望し、59名が参加できたとのことでした。大阪府医師会の派遣先は岩手県で、被害の大きい大槌町の大槌高校を拠点に活動していましたが、日々医療内容や派遣先などが変化し、我々が行く頃には大槌高校の授業が再開し、避難所が寺野体育館(弓道場)に移行していました。また県立大槌病院仮設診療所には外科系医師が不在にて救急医である我々の隊からは3名の医師が交代でそちらの診療も行うこととなりました。

 活動内容;内容は別紙の如くです。宿舎は大槌より山道で約1時間山側にある遠野でした。毎朝6:15より宿舎にて朝食後、すぐに大阪府医師会の準備して頂いているジャンボタクシーに全員乗り込み診療所に向かい、ミーティング後8:00より診療を開始しました。16:00過ぎまで診療した後、釜石本部まで向かい、大槌町と釜石市にある各救護所や診療所、心のケアチームからの診療人数の報告や問題提示、本部からの医療改善の進捗状況連絡などを行っていた。

感動したこと;寺野体育館に診療に来られる受診者のほとんどが慢性疾患で、高血圧、脂質異常症、糖尿病などでした。驚いたことは、患者さんは全員凛とした態度で、元気そうで、服装もきっちりとされ、礼儀がよく、医療知識も非常に高かったことです。また東北の方は我慢強く、現状を受け入れておられるのか、我々の前で不平や不満を訴える方はほとんどおられませんでした。また大槌病院仮設診療所の外科系診療でも、腰痛や肩こりで訪れる方は大阪で診療しているよりもかなり少なく、これらには我々頭が下がる思いで、被災を受けていない我々がもっと社会的に責任感を感じて貢献しなければ申し訳ないと強く感じました。地元の診療されてきた先生方の診療所が場所を変えて徐々に復活しており、救護所の閉鎖や移転などそれらの情報提供や院外薬局の場所を地図を渡して説明するなど全員一丸となって一所懸命行い、皆さまから感謝の声を頂きました。大槌町は津波の被害と津波後船から出た重油からの大火災でも被災し、多くの住居が流され何の罪のない多くの住民が亡くなりました。その現状を認知するのにはまだ時間が必要と思います。またまずは水、電気、ガスなどライフラインや衣食住の確保が先決でしたが、仮設住居もできつつあり、医療や保健事業も徐々に改善されていますが、本来海沿いの水産業の町でほとんどの住民がそれで生計を立ててこられたので、生き甲斐となる仕事を得ることはまだまだ年単位の時間を必要とします。さらに阪神大震災との一番の違いは、元居住していた場所には家財道具や思い出も消えてしまい、また津波が来る恐れがあるのでそこには住まないと言われているので、単なる道路や家の再建だけではない面があり、今後国や個人の大きな決断が必要となると考えられます。帰阪して私のすべき責務は少しでもこの現状を多くの人間に伝え、少々のストレスでは負けないよう患者さまを支持し、元気を与え、さらに良き医療人を育成していき、今以上に真の医療人として社会的責任を果たしていくことに他ならないと強く感じています。

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JMAT敬節会チームのメンバー8名です。全員終始健康状態は良好で、それぞれが自分のできることを一生懸命行いました。
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県立大槌病院仮設診療所前の光景です。道路はなんとか通りっていますがいまだに瓦礫はそのままです。燃えた跡も見えますが、大槌町は津波の被害も大きかったですが、その後の火災でさらに被害が大きくなりました。
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大きなタンカーが陸に乗り上がってしまっています。ありえない光景です。今後移動や解体だけでも大変です。
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津波の跡はこのような光景ばかりです。ふと足元を見ると家の玄関やフローリングがあり、潮の臭いと埃が舞います。普通に幸せに生活していた何の罪もない人々が亡くなるなんて、さぞかし無念であったろうと思うと急にこみ上げる思いがあり、涙が止まりませんでした。
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強靭な新しい鉄骨で作られた歯医者さんと思います。3階の窓など綺麗です。津波が2階まで襲ったことがよくわかります。
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県立大槌病院仮設診療所ですが、実はお寺の集会所です。ここも津波で浸水していますので、同じ津波が来たら流されますので、6月中旬にはさらに高台のユニット型の診療所に移動します。
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中央の私と向かって右が県立大槌病院岩田千尋院長、左が黒田継久副院長先生です。
岩田先生は35年間大槌病院で勤務され、最近やっと在院日数が平均17日と短縮され病診連携がうまく廻ってきていたとこだけに残念であると言われていましたが、復活する意欲は十分でした。ただ元の人口に戻るかどうかも考慮しないといけないとも言われていました。
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寺野体育館前で、私の左が敬節クリニック事務長の矢谷甲太、右(マスクあり)が西中島クリニック臨床検査技師の萬元宏です。この度両クリニックの私の診療を休診させて頂き、西中島と枚方の患者さまには多大なご迷惑をかけました。
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報道されているようにこの度の震災復興における自衛隊の方々の献身的貢献は素晴らしく、我々にも遠くからでも大きな元気な声でご挨拶して頂きました。
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シャ乱Qのつんく♂らが寺野体育館横の広場で歌とサイン会などを開催していました。
ここには毎日ボランティアの方々が歌、演奏、炊き出しなどで来られていました。その時間は避難所の方々は勿論自衛隊も一緒になって楽しんでおられたのが印象的です。
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寺野体育館内救護所の診療風景です。すぐ横には布団があり150人余りの被災者が住んでおられました。この度東北岩手の方々と触れあえたことは私の医療人生でこれ以上ない貴重な体験です。

【2011年5月18日 報告】

チーム内
ミーティング事項
※要点のみ
5月17-22日まで植田先生不在の期間中に、受診者に不安なく、月末の撤収、植田先生が大槌病院仮設診療所にスムースに移行できるよう最大限の努力をする
釜石本部での
ミーティング事項
※要点のみ
1) 患者数報告(34名)
2) 本日よりチームの交代
3) 交代時間は14:00
4) 感染性腸炎が増加傾向と申し送りあり
5) インフルエンザの発生は認めず
6) 釜石医師会と面会し、月末の撤収後は体育館へ巡回診療を行う予定とのこと
本部(大阪府医師会)への要望
必要物品、今後の活動について等
1) 空路へ変更に伴い体育館への到着は13:30頃となる
2) 13:30より申し送り後14:00頃より新チームへ診療交代可能
3) 到着日の大槌病院仮設診療所への医師派遣の有無は到着日に黒田副院長へ電話で確認する
4) 体育館内の内服薬を処理していくために、処方は可能な限り院外処方とする(急性疾患で体育館内備蓄で足りる場合は院内処方とする)
その他、困っていること 1) 診療終了時間は16-17時と通達を受けたが、前任より17:00にスクールバス到着後に受診する子供らのために17:30までにしてはとの提案あり、富岡先生との相談結果、植田先生への負担増加になるので、16:00までとする
2) 院外処方し、デリバリーを受け取りに来ないケースあり、富岡先生との相談結果、移動手段のない方などを除き、可能な限り自分で薬局で行くように勧めていくこととなる

【2011年5月19日 報告】

チーム内
ミーティング事項
※要点のみ
1)慢性疾患の受診者への院外処方を勧める
2)植田先生が6月1日より大槌病院仮設診療所へ移動されることを広く多くの方に案内する
3)撤収にむけて診療受付終了時間を16:00とする
釜石本部での
ミーティング事項
※要点のみ
1)患者数報告(体育館34名+仮設診療所7名)
2)インフルエンザの発生は認めず
3)撤収後に医療機関との巡回バスの運用を強く希望した
本部(大阪府医師会)への要望
必要物品、今後の活動について等
釜石地区災害対策本部 寺田先生らとの大槌地区の今後の方針を検討
寺野体育館;
1)6月1日より2週間の期間を日赤医師による巡回診療を行う
2)巡回バスの導入を検討中だが運用などで決定していない
3)現状では路線バス(寺野バス停より)の利用となる
4)内服薬、注射薬とも開封したものは廃棄する
5)撤収に向けての準備を始めてほしい(カルテは全て日赤グループへ渡す)
大槌高校;6月10日にて撤収
城山;5月31日にて撤収
その他、困っていること 大槌病院仮設診療所外科系診療について
1)ニーズは高くない(平均10人以下)
2)画像検査はポータブルX線検査のみ 胸部、腹部単純(立位のみ)X線写真のみで、腰椎側面などは電圧不足でほとんど不可能 外来における事務、看護、血液検査、投薬は充実して来ているが、画像診断が余りにも貧弱で、今後X線遮蔽などの壁は大きいが、CT,透視機器の早期導入検討が必要と思う

【2011年5月20日 報告】

チーム内
ミーティング事項
※要点のみ
1) 受診者に植田先生が6月1日より大槌病院仮設診療所へ移動されることをしっかりと案内する
2) 寺野救護所には6月1日より2週間日赤医療班による巡回診療を行うことが決定したので随時案内する(巡回頻度や時間など詳細は後日通知あり)
3) 午後に大槌高校(青森県医師会)、城山(沖縄県医師会)救護所に見学を兼ねて挨拶に向かう
釜石本部での
ミーティング事項
※要点のみ
1) 患者数報告(体育館28名+仮設診療所17名)
2) インフルエンザの発生は認めず 3)大槌病院仮設診療所での画像診断はポータブルX線検査と超音波検査のみなので、整形外科患者の診断、中等症患者の後送病院への転送判断にミスが出る可能性があり、移動型などの透視やCT機器の導入の検討をして頂くよう打診した
本部(大阪府医師会)への要望
必要物品、今後の活動について等
現在寺野体育館救護所の撤収、巡回診療開始、植田先生の大槌病院仮設診療所への移動など案内すべき内容が豊富です。さらに6月中旬までに大槌病院仮設診療所が約2km離れた(丁度山の反対側)ユニット診療所に移転しますので、長期投薬患者様への長期的な案内が必要です。ユニット診療所は白が基調色で、1階建てのユニットタイプで、高台にあり津波の心配はない。広大で真横に自衛隊の車が多くあった。
その他、困っていること 昨日の釜石地区災害対策本部での会議で、カルテを巡回する医師に渡すとなっていますが、寺野診療所の受診者のほとんどが植田先生がかかりつけ医なので、植田先生に渡す方がいいと思われる。そこで明日(5月21日)植田先生の患者様は過去のカルテの右上に赤で○印を入れて先生がわかりやすくします